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わたくしは、すでに両親とも他界しています。
母親は肺がん、父親は胆管がんです。
ともに予後の悪いがんです。

母の闘病生活は長かったです。

わたくしが大学4年のとき発病します。
ある大学病院で手術をします。
無事に手術が終わります。


術後から2~3ヶ月で元気になります。
半年でいままで通りの生活に入りました。

1年後です。

自宅の3階の階段から2階まで転げ落ちました。

意識が無くなります。
救急車で手術した大学病院に搬送です。

意識はすぐに戻りました。
精密検査しました。


精密検査の結果・・・・・、
頭蓋骨の骨折でした。
硬膜外出血もありました。

これは微小でした。

もっと大きな問題点が見つかったのです。

肺がんの「脳転移」でした。
同時に首のリンパ節にも転移が見つかりました。

主治医に呼び出されます。

「お母さんの命は何もしなければあと半年です」
「治験の薬をすれば1~2年になるかもしれません」

本人にはその病状を伏せました。


治験の化学療法の開始です。
あっという間に頭髪がなくなりました。

救われたことがあります。
母親は陽気だったのです。

まったく落ち込みません。
めげなかったのです。

カツラをいくつも用意させます。
お見舞いにくる相手に合わせて、
あたかも衣装を代えるように楽しんでいました。

しかし・・・・・、
治験のお薬で次第に大きな副作用が出てきました。

吐きまくったのです。
連日の嘔吐です。

これにはさすがにめげてきました。

ところが・・・・・、
首のしこりが急激に小さくなってきたのです。
明らかに抗がん剤の効果がでてきたのです。

頑張り屋の母です。
食べ物は吐きましたが、
弱音は吐きませんでした。

3ヶ月の治療後に退院します。
退院後も底抜けて明るい性格でした。
常に前向きに考えてました。

一年間は、また元の生活に戻って来ました。

一年後です。
大学卒業の前年です。

母親の腰に強烈な痛みが出てきました。
腰椎の骨転移でした。

精密検査で・・・・・、
全身の骨に何カ所も骨転移が見つかりました。

化学療法の再開です
痛みは減ります。

腰の骨だけに痛みが残ります。
そこへ放射線治療です。

痛みは取れました。

残念ながら・・・・・、
車いすの生活になったのです。

ある日です。

突然、テンカン発作が起こります。
何度も何度もテンカン発作です。

肺がんの脳転移が大きくなっていたのです。
主治医の予想は当たっていました。

卒業の半年前から病状が急激に悪化です。
大学病院の病室に入院します。
長期入院になります。

酸素マスクを付けたままです。
車いすでしか移動できません。

わたくしの卒業式になります。

なんと・・・・・、
わたくしは・・・・・、
卒業生の総代になっていました。

主治医から特別に病室からの外出許可が出ました。
総代の晴れ姿をみる許可が出たのです。

酸素マスクをつけたままです。
車いすでの移動です。

1時間だけの外出許可でした。

卒業式が終わりました。

卒業式の会場に・・・・・、

母親の姿は・・・・・、
ありませんでした。

まわりに迷惑をかけたくないという親心だったのです。

あとで判ったことがあります。
叔母にあることを頼んだのです。
わたくしの総代の挨拶を録音してもらったのです。

それを・・・・・、
毎日病室のベッドで聞いていたそうです。

泣きながらです。

3ヶ月後です。
全身転移の痛みの中で他界しました。



江戸時代の有名な川柳があります。


親孝行 
したいときには
親はなし

石に布団は
かけられぬ


石とは墓石のことですね。


親孝行ってなんでしょう?

親に心配かけないことでしょうか?
経済的に自立することでしょうか?

親を喜ばすことでしょうか?

生きている間にはなかなかできるものではないかもしれません。

もし、ご両親やどちらかの親がご存命であれば・・・・・、
チョッでも親を考えることが親孝行かもしれませんね。 (^_-)-☆パッチ!

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【2012/04/18 00:20】 | 癒し
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うーん???
メロリン
なんと・・・(ー_ー)!!

私の両親もガンを患いましたが父は静かに逝きました。
母は胃を全摘しましたが抗がん剤の服用が無かったので元気でした。
亡くなる前数年は何度か入退院をしましたが、最後に入院したその日に
病院に呼ばれ、言葉を交わした2時間足らずで逝きました。

父と違い母は数回の骨折や手術や他の病気などで痛みや、
苦しさがありましたが最後のあっけなさには驚きました。
寿命なら仕方ないと思いますが、痛まず苦しまずがせめての望みですねー。
ヨコさまのお母様は痛い・苦しいばかりでお気の毒でした。

親孝行?!母は認知症がありちょっと壮絶な日々があったので
介護つきホームに入所させました。
それが良かったのかどうかが私の親孝行の答え??です。

涙の出るようなお話
ゴチ
私の母も肝硬変から肝臓がんになって内臓全体に転移し下血をしながら半年後になくなりました。壮絶でした。親孝行、3つのうち一つでも叶えて頂きたいものです。
※投稿は欠かさず読ませて頂いております。

Re: うーん???
ヨコ
メロリンさん

親を真剣に思うことから、親孝行になると思います。
介護付きの老人ホームも、親を思えばこそデス。

ヨコ 


Re: 涙の出るようなお話
ヨコ
ゴチさん

お久しぶりです。
ゴチさんもたいへんだったのですね。

わたくしもゴチさんのブログを拝見しております。
カオリン(大勝かおり)の舞台のブログからです。
今度のカオリンの舞台は横浜からかなり遠いですが、
お時間があればご観覧くださいませ。

ヨコ 


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この記事へのコメント
うーん???
なんと・・・(ー_ー)!!

私の両親もガンを患いましたが父は静かに逝きました。
母は胃を全摘しましたが抗がん剤の服用が無かったので元気でした。
亡くなる前数年は何度か入退院をしましたが、最後に入院したその日に
病院に呼ばれ、言葉を交わした2時間足らずで逝きました。

父と違い母は数回の骨折や手術や他の病気などで痛みや、
苦しさがありましたが最後のあっけなさには驚きました。
寿命なら仕方ないと思いますが、痛まず苦しまずがせめての望みですねー。
ヨコさまのお母様は痛い・苦しいばかりでお気の毒でした。

親孝行?!母は認知症がありちょっと壮絶な日々があったので
介護つきホームに入所させました。
それが良かったのかどうかが私の親孝行の答え??です。
2012/04/18(Wed) 05:56 | URL  | メロリン #-[ 編集]
涙の出るようなお話
私の母も肝硬変から肝臓がんになって内臓全体に転移し下血をしながら半年後になくなりました。壮絶でした。親孝行、3つのうち一つでも叶えて頂きたいものです。
※投稿は欠かさず読ませて頂いております。
2012/04/18(Wed) 23:08 | URL  | ゴチ #2SrXe8Q6[ 編集]
Re: うーん???
メロリンさん

親を真剣に思うことから、親孝行になると思います。
介護付きの老人ホームも、親を思えばこそデス。

ヨコ 
2012/04/19(Thu) 01:43 | URL  | ヨコ #-[ 編集]
Re: 涙の出るようなお話
ゴチさん

お久しぶりです。
ゴチさんもたいへんだったのですね。

わたくしもゴチさんのブログを拝見しております。
カオリン(大勝かおり)の舞台のブログからです。
今度のカオリンの舞台は横浜からかなり遠いですが、
お時間があればご観覧くださいませ。

ヨコ 
2012/04/19(Thu) 01:48 | URL  | ヨコ #-[ 編集]
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