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昨年末の話でございます。

冷たい雨の青山を歩きます。
これから母と父の眠る菩提寺にお墓参りです。

お寺の奥様とご挨拶です。

お部屋のふすまには葵の御紋が付いています。
本堂の屋根瓦にも葵のご紋が付いています。

そうです。

徳川家にゆかりのあるお寺でございます。
徳川家と関係のある人たちの眠るお墓があるのでございます。

一通りのご挨拶が終わったあとです。

ヨコ家のお墓にお花を生けます。
両手を合わします。

両親に一年の無事を感謝します。
関係する人々の健康をお祈りします。

一礼をしてきびすを返します。

(・_・)......ン?

お墓の陰に傘をさした男性がかがんでいます。
30歳代です。

小さなお墓の前でお墓をいじっているのです。
右手に小さな小石を握っています。

わたくしに気がつきません。

な、な、なんと・・・・・、

墓石の右隅を叩いたのです。

親指の先ほどの小さなかけらが地面に落ちました。
急いでそれを拾います。

そして・・・・・、
大事そうにハンカチに包みズボンのポケットに入れました。

左手の傘をお墓の片隅に置きます。
雨に濡れたままです。

手を合わせてお祈りしました。

わたくしに気がつかないまま立ち去っていきました。



そのお墓にわたくしが近づきます。

オ~~~~ォ!

河内山 宗春(こうちやま そうしゅん)」のお墓です!


河内山宗春


歌舞伎の演目にもある人のお墓です。
講談でも天保六花撰(てんぽうろっかせん)で語られている人物です。

弱きを助け、悪きをくじくいう勧善懲悪的な物語ですね。
ねずみ小僧怪盗伝と似たような坊主のお話です。

江戸時代の後期にいた実在する人物です。

なぜ、そんな人のお墓があるのでしょうか?

河内山 宗春は徳川幕府に仕えた人でした。
父親も同じで職に就いていました。
河内山宗春はその跡継ぎだったのでした。

父親も河内山 宗春も江戸城で「表坊主」として働いていました。
表坊主とは、将軍のお側に仕え、江戸城内の管理にも携わっていたのです。

父親は謹厳実直な表坊主だったようです。
息子の河内山宗春は、若い頃から博徒と付き合いがあり、水戸藩の民衆に税を強いる悪政に反駁したようです。


ここで・・・・・、
徳川家康の話になります。

家康が京都から江戸に幕府を移したときです。

江戸城の管理を忍者で有名な「伊賀衆」と「甲賀衆」に託したのです。
半蔵門や半蔵門線で有名な服部半蔵は伊賀衆の一人ですね。

江戸時代になると、江戸城内の伊賀衆も甲賀衆も忍者ではなくなります。
将軍と大奥と江戸城の管理監督の集団になったのです。

江戸内にはいくつもの伊賀衆と甲賀衆の屋敷がありました。
数からすると甲賀衆の方が多かったようです。

河内山家はその甲賀衆の一人で表坊主として徳川幕府に仕えたのです。

実は・・・・・、
河内山宗春の生き様はほとんどが死後に創作されたものです。
本当の実態は全く判らないのが事実です。

判っていることは、
この葵のご紋のあるお寺に祀られているということです。

このお寺は「甲賀衆」の菩提寺なのです。

神宮外苑から表参道近くは「甲賀衆」のお屋敷がありました。
「甲賀百人町」も銀座線の「外苑前」のそばにありました。
それは江戸時代の古地図に記載されています。

おそらく河内山宗春も神宮外苑あたりに住んでいたのでしょう。


ところで・・・・・、
あの墓石のかけらを持って帰った男性はいったいなんでそんなことをしたのでしょう?

簡単です。

河内山宗春は、講談でも歌舞伎でも賭け事が大好きな人間に描かれています。
しかも・・・・・、
賭けるばくちはことごとく当たったのです。

いまふうで言えば・・・・・、
「ばくちの神さま!」でございます。

だから・・・・・、
競馬や競艇などの賭け事の好きな人が墓石の一部を頂いて「お守り」にしているのです。

芸事や株をやる人や店舗を新しくした人たちも、そのあやかりを頂こうとここにお参りにきているそうです。

お墓をよく見るます。

2つあります。

奥の小さく丸くなったお墓が江戸時代のお墓です。
明治時代から皆が墓石のかけらを持って帰ったのです。

あまりにも小さくなります。

2代目の墓石を建てます。
それが手前のお墓です。

それも・・・・・、
もうすでに半分近くになっています。


お寺の奥さまが嘆いていました。

ばくちに当たっても、「河内山宗春」への御礼のお参りもしに来ないのよねぇ~。


賭け事や芸事が当たったら・・・・・、
是非ともお墓へ感謝の御礼とお寺さんへのご挨拶をお願いします。

お寺の奥さまは心寛いお方達ですのでご安心くださいね! (^_-)-☆パッチ!


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【2013/01/07 01:01】 | happy life
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リン
ヨコさんも忍者の末裔なんですか?

どうして墓石を
ゴチ
高徳寺、河内山 宗春の墓石を叩くなんて不思議な光景ですね。石をポケットに入れたところを見ると憎しみからでも無いようです。若しかしたら博打が強かった宗春にあやかろうとしたのでしょうか。

Re: タイトルなし
ヨコ
> ヨコさんも忍者の末裔なんですか?

オホホ。
わたくしの本家は、「甲賀衆」です。
わたくしは分家なので、関係あるような、無いような?

ヨコ 


Re: どうして墓石を
ヨコ
ゴチさん

明治時代に講談や歌舞伎の市川團十郎の演目になってから、賭け事に勝つようにと墓石のかけらを持って帰るのは続いているのです。なぜか? やはり縁起がよいことが起きているから続いているのでしょうね。

ヨコ 



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コメント
この記事へのコメント
ヨコさんも忍者の末裔なんですか?
2013/01/07(Mon) 01:45 | URL  | リン #-[ 編集]
どうして墓石を
高徳寺、河内山 宗春の墓石を叩くなんて不思議な光景ですね。石をポケットに入れたところを見ると憎しみからでも無いようです。若しかしたら博打が強かった宗春にあやかろうとしたのでしょうか。
2013/01/07(Mon) 21:27 | URL  | ゴチ #2SrXe8Q6[ 編集]
Re: タイトルなし
> ヨコさんも忍者の末裔なんですか?

オホホ。
わたくしの本家は、「甲賀衆」です。
わたくしは分家なので、関係あるような、無いような?

ヨコ 
2013/01/07(Mon) 23:17 | URL  | ヨコ #-[ 編集]
Re: どうして墓石を
ゴチさん

明治時代に講談や歌舞伎の市川團十郎の演目になってから、賭け事に勝つようにと墓石のかけらを持って帰るのは続いているのです。なぜか? やはり縁起がよいことが起きているから続いているのでしょうね。

ヨコ 

2013/01/07(Mon) 23:20 | URL  | ヨコ #-[ 編集]
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