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「Dance The Life!!」の脚本・演出の本多英一郎さんが示したテーマや、振付を担当したカオリン(大勝かおり)のダンスを見た直後です。いままで学んできたタントラ哲学に関する十数冊のノートをもう一度見直しました。

タントラ哲学というと・・・・・、
なにか難しそうに思えます。

難解な単語もたくさん出てきます。
サンスクリット語だらけです。

( ゚o゚)ハッ!!!

気がつきました!

講義では、ついついサンスクリット語の解釈遊びに翻弄されてしまいます。
でも核心は極めて単純です!!!

簡単に言えば・・・・・、
タントラ哲学の世界は徹底的にダンスの世界だったのです!!!

誰がダンスしているのでしょう。

この世のありとあらゆる「存在」です。

子供も、大人も、老人も、男性も、女性も、
ネコも、イヌも、イルカも、スズメも、
お花も、蝶々も、サンゴ、熱帯魚も、
この世の「存在」です。

この世の「存在」は・・・・・、
心の奥底の「喜び」と「遊び」の表現として常に「ダンスする存在」のなのです。

この世のありとあらゆる「存在」は・・・・・、
もともとが喜びに満たされ、飛びはね、無邪気に遊びまわっているのです。

まるで・・・・・、
分子や素粒子もそれであるかのように見えます。

その源(みなもと)はどこから来ているのでしょうか?

タントラ哲学はシバ神のダンスから生まれていると考えます。

シバこそが宇宙的なダンサーです。
ナタラジャといいます。

シバが虚空で舞います。
「至福の喜び」をダンスとして見せるのです。

この世のありとあらゆる「存在」と繋がります。
この世のありとあらゆる「存在」と「至福の喜び」で繋がります。

絶対的な関係といいます。

ところが・・・・・、
現実の世界は喜びだけでは満たされていません。
現実の世界は相異なるものどうしが存在しています。

喜びを肯定するもの、喜びを否定するもの、
喜びに満たされるもの、喜びに満たされないもの、
喜びが安定しているもの、喜びが不安定なもの、

すべてが相反するのです。
見る視点や考える視点で異なる感じ方が必ず存在するのです。

相対的な関係といいます。

タントラ哲学は「哲学の相対性理論」だといっても過言ではありません。

アインシュタインの特殊相対性理論は、観察者の場所によって、異なる時間の流れになります。

地表にいる人とエベレストの山頂にいる人で時間の流れが変わります。
エベレスト山の山頂の人は、地上の人よりわずかに遅く時間が流れるのです。

地上から観たエベレスト山頂のダンスは遅くなるのです。
同じダンスでも観る場所で異なるのです!

その特殊相対性理論には絶対的な存在があります。

「光速」です。
光速を越える時間の流れは、存在しないのです。

絶対的な光速という時間の流れを基準にして、
観察者の違いで相対的に異なる時間の流れになります。

同じようにタントラ哲学の世界でも絶対的な存在があります。

それが「大いなる意識」です。
大いなる意識を越えるものは、存在しないのです。

絶対的な大いなる意識を基準にして、
観察者の違いで相対的に異なる感じ方をするのです。

すべてのものは・・・・・、
天空から落ちてきた一滴のしずくです。
大海原の一滴の存在です。

すべてのものが天空からのギフトです。
すべてのものが大海原からのギフトです。

わたくしたちは・・・・・、
単に「在る」のではありません。

「与えられた」存在です!
「頂いた」存在です!

わたくしたちは・・・・・、
大いなる意識の喜びを頂いた存在なのです。

すべてはみな楽しく嬉しく同じようにダンスを踊れるのです。
シバとの繋がりによってこの世へ「喜び」のダンスとして表現されているからです。

皆と楽しく笑い美味しい食事とお酒を飲んでいるときです。
皆と大切な仕事が無事に終わったときです。
大自然の凜とした姿を見たときです。

心躍るときです!
共感を感じるときです!
大自然の一部だと知ったときです!

シバのダンスが感じられるのです。

男性と女性のお付き合いも
男性神シバは、女性神シャクティと、創造的なダンスをしているのです。
生命力が生まれるダンスです。

現実をもう一度改めて見つめ直します。

この世のすべてのものには、相違点があります。
この世のすべてのものには、対立点があります。

反発し合っています。

それぞれが、多用性と独自性を主張します。

異なる意見となります。
異なる立場となります。
異なる思いとなります。

喜ぶ人がいれば、悲しむ人もいます。
喜ぶ時もあれば、悲しむ時もあります。
喜ぶ場所があれば、悲しむ場所もあるのです。

相異(あいこと)なるものどうしが必ず存在するのです。

相対的な存在です。

そのような異なる存在にも源があります。

絶対的な存在です!

大いなる意識です!

この世のすべてのものはシバの喜びから来ています。

そこには・・・・・、
すべてのものに「美しさ」が宿っているのです。

美(シュリー)です!

人間が最初に美(シュリー)を見せてくれるのは、赤ちゃんの笑顔です。
成長と供に、教育と環境と仕事で、シュリーの周りが曇ってきます。

「美(シュリー)」が見えなくなります。
「美(シュリー)」に気がつかなくなります。
「美(シュリー)」への見方も変化していきます。
ありとあらゆるものに相反する世界を創り出することになるのです。

どうしたらいいのでしょう?

「心と体」の調和のダンスをしようとします。
「心と体と呼吸」を意識したダンスをしようとします。
「心と体と呼吸と集中力」を高めたダンスをしようとします。

喜びのダンスになります!
心の奥底から表現力のあるダンスです!

すると・・・・・、
どうでしょう?

心と体の相違点がかえって意識できるようになります。

もっと、意識し続けます。
もっと、もっと、意識を深める努力をします。

すると・・・・・、
どうでしょう?

今度は相違点が少なくなってくるのです。

もっと、もっと、ダンスをします。
もっと、もっと、もっと、相違点がなくなってきます。

美(シュリー)に気がつきます。
美(シュリー)がさらに見えてきます。
美(シュリー)の見方にぶれなくなります。

ダンスとは・・・・・、
自分への「内なるダンス」です。
そして・・・・・、
人への「外なるダンス」です。

すべてが喜びに繋がるダンスです。

内なるダンスとは・・・・・、
美(シュリー)を見いだすことです。

心と体の調和であり、
呼吸の調和であり、
意識の集中であり、
瞑想への道なのです!

一心不乱の状態です!

外なるダンスとは・・・・・、
対立する人にも、
相反する人へも、
供にダンスをすることです。

「相補うダンス」です。
行動の調和をはかるダンスなのです。

それが・・・・・、
「愛」です。

愛するとは・・・・・、
相手への思いやりのダンスなのです!

内と外とのダンスこそが、タントラ哲学でいう「人生の目標」なのです。

それが・・・・・、
アヌサラヨガの目標とも言えるのです!!!


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【2013/02/12 22:30】 | ヨガ
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ダンス!!!
リン
究極のダンサーのシバに近づくために、内へも、外へもダンスするんですね。タントラ的な考えが判った気がします。有り難うございます。



Re: ダンス!!!
ヨコ
リンさん

タントリックな考え方は、どんなに異なる考えや行動でも、どこまでも相対的に考えることを教えています。
そのときに絶対的な基準として、わたくしたちは与えられた存在であり、美があり、美を感じ取ることを教えているのです。

ヨコ



さんが
ヨガをやる前に、小さい頃にクラッシクダンスとそのあとジャズダンスを習ってました。なんかタントラ哲学の考え方とダンスで学んだ世界とが共通してしているって感じがして、少しタントラ哲学が見えてきました。ありがとうございます。

Re: タイトルなし
ヨコ
さんがさん!

ジャズダンスをしていたのですね。
カオリン(大勝かおり)と同じですね。
「Dance The Life!!」で人一倍感動して頂けた理由がわかりました。
こちらこそ観劇していただき、有り難うございました。

実はタントリックな相対的な考え方は、わたくしにも日々必要な考え方です。
いつも意識しないと出来ないことで、差や違いばかりが気になってしまうのです。
今日の内容は自分への総括としても大切なブログです。

ヨコ



おとぼけ学者
なるほどね!電子も陽電子があるし、陽子にも反陽子があるし、素粒子にもかならず相異なるペアがある。

すべての存在が大いなる空間から生まれているから、タントリックて面白いかもね。



山登りのダンス
ゴチ
月に一度の登山をしていますが、苦しい急登では無口になり「内なるダンス」を意識してか足元の石と足の置き場を考えながら登りますが、休憩時には「外なるダンス」で水を補給し下界を眺めながら話がはずみます。頂点に立った時は「大いなる意識」で全てを許し満足して下山する事が出来ます。

Re: 山登りのダンス
ヨコ
ゴチさん

自分と他人にどんなに違いがあっても、
それは見方と感じ方の違いだけです。

同じなのです!
完全なのです!

おっしゃる通り、
山登りの最中に、
一心不乱の状態の時が内なるダンスです!
そして周囲への人の気配りが外なるダンスです!

いつでもわたくしたちはタントラ的な状況があるのです。

ヨコ



Re: タイトルなし
ヨコ
おとぼけ学者さま

現代物理学の基礎を築いた何人かのノーベル賞学者が、
彼らが考えついた内容が、すでにタントラ哲学を含め
古代インド哲学の考えの中に存在していることを知り、
かなり衝撃的に驚愕したと聞いています。

ヨコ


アヌサラヨガの目標
nori
素晴らしいメッセージをありがとうございます。

私は、アヌサラヨガが大好きです。
もちろん、タントラ哲学もです。
元気・勇気・生きる気力をもらいました。

でも今は、哲学を熱く語るより、生活の一部として
実践することに集中したいよね、という気分です。
私には、もうその準備はできているはず(…と思いたい)。

例えば、本当に愛を感じていたら、
自分がいかに愛しているかを
愛する相手に強く訴える必要はないはず。

愛をどう実践するかが、私の今後の課題です。

Re: アヌサラヨガの目標
ヨコ
noriさん

タントラ哲学の時代には「愛」という言葉はありませんでした。
古代インドの多数の文献にもないはずです。

「愛」はこのブログでも取り上げたように、明治時代からの翻訳字です。

でもそれと同様の意味がタントラ哲学の世界に隠れています。

それが相手へ愛を求める行為ではなく、
逆に与える行為です。

グアムの亡くなられた母親は、
自分の命を与えてでも赤ちゃんを守った真実の「愛」の行為です。

ヨコ


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コメント
この記事へのコメント
ダンス!!!
究極のダンサーのシバに近づくために、内へも、外へもダンスするんですね。タントラ的な考えが判った気がします。有り難うございます。

2013/02/12(Tue) 22:40 | URL  | リン #-[ 編集]
Re: ダンス!!!
リンさん

タントリックな考え方は、どんなに異なる考えや行動でも、どこまでも相対的に考えることを教えています。
そのときに絶対的な基準として、わたくしたちは与えられた存在であり、美があり、美を感じ取ることを教えているのです。

ヨコ
2013/02/12(Tue) 22:52 | URL  | ヨコ #-[ 編集]
ヨガをやる前に、小さい頃にクラッシクダンスとそのあとジャズダンスを習ってました。なんかタントラ哲学の考え方とダンスで学んだ世界とが共通してしているって感じがして、少しタントラ哲学が見えてきました。ありがとうございます。
2013/02/13(Wed) 00:17 | URL  | さんが #-[ 編集]
Re: タイトルなし
さんがさん!

ジャズダンスをしていたのですね。
カオリン(大勝かおり)と同じですね。
「Dance The Life!!」で人一倍感動して頂けた理由がわかりました。
こちらこそ観劇していただき、有り難うございました。

実はタントリックな相対的な考え方は、わたくしにも日々必要な考え方です。
いつも意識しないと出来ないことで、差や違いばかりが気になってしまうのです。
今日の内容は自分への総括としても大切なブログです。

ヨコ
2013/02/13(Wed) 00:28 | URL  | ヨコ #-[ 編集]
なるほどね!電子も陽電子があるし、陽子にも反陽子があるし、素粒子にもかならず相異なるペアがある。

すべての存在が大いなる空間から生まれているから、タントリックて面白いかもね。

2013/02/13(Wed) 02:03 | URL  | おとぼけ学者 #-[ 編集]
山登りのダンス
月に一度の登山をしていますが、苦しい急登では無口になり「内なるダンス」を意識してか足元の石と足の置き場を考えながら登りますが、休憩時には「外なるダンス」で水を補給し下界を眺めながら話がはずみます。頂点に立った時は「大いなる意識」で全てを許し満足して下山する事が出来ます。
2013/02/13(Wed) 21:14 | URL  | ゴチ #2SrXe8Q6[ 編集]
Re: 山登りのダンス
ゴチさん

自分と他人にどんなに違いがあっても、
それは見方と感じ方の違いだけです。

同じなのです!
完全なのです!

おっしゃる通り、
山登りの最中に、
一心不乱の状態の時が内なるダンスです!
そして周囲への人の気配りが外なるダンスです!

いつでもわたくしたちはタントラ的な状況があるのです。

ヨコ

2013/02/13(Wed) 23:38 | URL  | ヨコ #-[ 編集]
Re: タイトルなし
おとぼけ学者さま

現代物理学の基礎を築いた何人かのノーベル賞学者が、
彼らが考えついた内容が、すでにタントラ哲学を含め
古代インド哲学の考えの中に存在していることを知り、
かなり衝撃的に驚愕したと聞いています。

ヨコ
2013/02/13(Wed) 23:45 | URL  | ヨコ #-[ 編集]
アヌサラヨガの目標
素晴らしいメッセージをありがとうございます。

私は、アヌサラヨガが大好きです。
もちろん、タントラ哲学もです。
元気・勇気・生きる気力をもらいました。

でも今は、哲学を熱く語るより、生活の一部として
実践することに集中したいよね、という気分です。
私には、もうその準備はできているはず(…と思いたい)。

例えば、本当に愛を感じていたら、
自分がいかに愛しているかを
愛する相手に強く訴える必要はないはず。

愛をどう実践するかが、私の今後の課題です。
2013/02/14(Thu) 11:30 | URL  | nori #-[ 編集]
Re: アヌサラヨガの目標
noriさん

タントラ哲学の時代には「愛」という言葉はありませんでした。
古代インドの多数の文献にもないはずです。

「愛」はこのブログでも取り上げたように、明治時代からの翻訳字です。

でもそれと同様の意味がタントラ哲学の世界に隠れています。

それが相手へ愛を求める行為ではなく、
逆に与える行為です。

グアムの亡くなられた母親は、
自分の命を与えてでも赤ちゃんを守った真実の「愛」の行為です。

ヨコ
2013/02/15(Fri) 01:58 | URL  | ヨコ #-[ 編集]
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