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久々のブログでございます。

なにせ久々のため、
ブログのIDとかパスワードとかも忘れて
なかなか再開できませんでした。(^_^;)

本日(5月4日)はスタジオヨギーの西新宿にオープンした新スタジオにお邪魔いたしました。

ジョーダンの座学と実技です。
ジョーダンのクラスは、2,3年前のセラピューティックヨガの集中講座以来かしら?

それにしても座学も実技もとてもためになりました。
やはりルーチンのクラス以外に、こういった特別クラスを受講する価値がかなりあります。

ノートは午前と午後で2/3が無くなるくらいに書きまくりました。

Mikiさんの卓越した通訳と
ジョーダンの言う英語が頭の中を周りながら、
自分の考えを次々とノートに書き入れていくのが、わたくしのスタイルなのでございます。


細かな内容は記しません。
皆様にジョーダンの内容とヨコ流に解釈した内容をシェアいたします。


バガヴァット・ギータ(以下、ギータと略します)の世界観がまた鮮明になりました。
ジョーダンには感謝でございます!


ギータの内容は二人の主人公のやりとりで進行していきます。

古代インド人は、膨大な叙事詩を語っているのですが、ギータは、その中でもインドの一般大衆にいまでも親しみをもって受け入れられています。

そこにはいまの世界と何ら変わらない普遍性があるからです。

古代と変わらない普遍性とは何でしょうか?

「この世は、必ず変化する」のです。

変化は・・・・・、
ときとして
残酷でもあり、
無情でもあり、
混乱でもあり、
無秩序なのです!

そして・・・・・、
儚(はかな)いのです。

「欲望」はそれに拍車をかけます。

金がほしい
出世がしたい

人のものが欲しい
人を蹴落としたい

争いが起こります。
戦いになります。

戦争です!

この人間の無秩序さを律するために・・・・・

法律を作ります。
行動に制限を設けます
正しいことを決めます。

それは・・・・・、
決めつけた世界です。


この無秩序で欲望の混乱をサンスクリット語で「マーヤ(MAYA」と言います。
この決めつけた行動規範を「ダルマ(DAHRMA)」と言います。
このマーヤとダルマから解き放つ力が「自由(モクシャ)」です。
このマーヤとダルマから解き放たれた世界が「極楽(スヴァルガ)」です。


古典的なヨガの解釈は、モクシャからスヴァルガを目指し、
最終的には極楽、そして、サマーディ(悟り)へたどり着こうとするのです。

でも・・・・・、
混乱と欲望と決めつけられた世界から、自由を得て、極楽へ行けるのでしょうか?

現実はそんなに容易ではありません。
不可能に近いでしょう!


ここからがアヌサラヨガ的な解釈が入ってきます。
ジョーダンは一言もそれは言いません。

ことばの裏に潜んでいるのです!
何度も出てきます!


全ての出来事は留まることはありません。
必ず変化を起こします。

あたかも川の流れのようです!

全ての変化から逃げることは出来ません。

受け入れるしかないのです。

そこに悲しみが起こるのです!
そこに苦しみが起こるのです!
そこにつらさが起こるのです!


普段の生活では何も深刻になることはありません。
うまくいっていると思っているときは何も起こりません。

心に葛藤が起きたときに・・・・・、
その出来事が「心への戦い」になるのです。

葛藤とは・・・・・、
「心の戦い」が必ず欲望と理想の中を揺れ動くことなのです。

その葛藤を乗り越えるにはどうしたらいいのでしょう?

自分の心の中で決まります。

葛藤は心の中に自分の思い込みや感情が根を張っているから起こるのです!
自分のいいように勝手に解釈しているのです!
自分だけの主観的な判断です!

一度、その出来事を見つめ直します!
意識をそこへ集中します!

心に葛藤を起こしているのは何なのでしょう?
自分の欲望とは何なのでしょう?
自分に制限を与えている考えは何なのでしょう?
何がもっとも価値があるのでしょうか?
自分を客観視するのです。

ジョーダンがわたくしに質問します。

「誰が最も優先順位が高いでしょうか?」
「誰に最も価値を与えるべきでしょうか?」


わたくしの答えは・・・・・、
「自分自身!」


ジョーダンの求める回答でした。


これは利己的という意味ではありません!
何をするにも「自分にとって」という客観視した価値判断です。

自分にとって、自分をいかに高めるか?
それがひいては、相手をいかに高めるか、社会に貢献できるかに繋がります。

利害を考えない自分でなければ、相手と社会との架け橋は出来ないのです。
努力を惜しまない自分でなければ、混乱と自由との架け橋は出来ないのです。

大空から下界を観る自分で「選択」するのです。

こうして・・・・・、
「選択」から「判断」が起こり、「行動」に継がるのです。

つまり・・・・・、
ギータの古典的世界から見えるのは・・・・・、

欲望と制限のある心を解き放つ方法として、「選択する自分」があるのです!

変化する時代の流れの中でこそ、より良く生きる自分を選択するのです!
積極的に大切なものから選択をするのです!


心の中で問います!


「自分の生きがいや使命(スヴァダルマ)って、なに」?


この答えを出し続けることが、現代社会へのギータの教えなのです。





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【2014/05/04 23:08】 | ヨガ
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